琵琶と銘木

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琵琶と銘木

日本の伝統文化は、古くから芸術と音楽の美を融合させた素晴らしい形態を生み出してきました。その中でも、琵琶は古典的な楽器として奈良時代から数世紀にわたって重要な役割を果たしています。

そして、琵琶には、その音色に影響を与える銘木が用いられることで知られています。

本記事では、琵琶の歴史や装飾的な美しさと、用いられる銘木・桑(クワ)の木に焦点を当て、なぜ桑の木が選ばれるのか、そしてその音色への影響について探求していきます。

 

トピック

1.筑前琵琶の歴史と伝統

琵琶にはいくつかの種類がありますが、伝世がはっきりとしている筑前琵琶を例に挙げると、その起源は桓武天皇の時代に遡ります(約781 – 806年)。現在の太宰府市水城において、橘玄清という盲僧が琵琶を弾きながらお経を読み(読誦)、国土安穏を祈っていたことが分かっています。

 

その後、玄清は最澄と叡山で会うために上洛し、琵琶を弾きながら読誦し祈りを捧げたことにより、最澄の悲願であった比叡山開拓のきっかけとなり、延暦7年(785年)に一乗止観院(後の根本中堂)を築くことにつながりました。

比叡山延暦寺 戒壇院

最澄は玄清の功績に深く感謝し、成就院の院号を与え、さらに奏上まで行ない法眼(正三位相当)の位を授けられました。玄清の法力と真心は、最澄が仏説宗一派を開く原動力となったとされています。

 

その後、玄清は叡山を去り、筑前に戻り、近隣諸国の盲僧たちを集めて読誦と琵琶を教えていました。延暦9年(787年)には痘瘡(天然痘などのウイルス)が各地で流行し多くの死者が出た際、玄清は勅命を受けて悪疫消滅の祈祷を行い、見事に終息させたとあります。

 

時代が代わって、嵯峨天皇の弘仁8年(816年)には全国的な旱魃(かんばつ)に続いて五種の熱病が蔓延しました。この際、最澄と空海は勅命を受けて悪疫鎮圧の祈祷を行いましたが、特に最澄は使者を立てて玄清に上洛するよう促しました。玄清は6人の法弟を引き連れて上洛し、叡山中堂において厳かな修法を行った結果、多くの人々の苦しみを救うことができました。

それにより、玄清はますます尊敬され、法印の位に進み、全国の盲僧たちが彼の配下になり、初めて宗派の統一が完成されたのです。

『阿弥陀聖衆来迎図』阿弥陀如来が極楽浄土から雅楽隊を連れて迎えにくる 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム

 

2.銘木の役割と重要性

    琵琶の制作には、音色や品質を向上させるために高品質な銘木が使われます。銘木は、木材の中でも特に希少で、独特な響きと美しい見た目を併せ持っています。

    そのため、銘木を用いることによって、琵琶の演奏にさらなる深みと魅力を加えることができるのです。

     

    筑前琵琶に用いられる銘木は、ほぼ100%の確率で桑(クワ)の木が用いられています。

    桑の木は日本において古くから重宝されてきた銘木です。桑の葉は蚕の餌として、養蚕業の発展とともに弥生時代から親しまれ、重宝されてきた樹種です。

    ※薩摩琵琶は、ほとんどが桑の木ですが、桑の木は希少性が高く入手困難なため、欅(ケヤキ)が用いられることもあります。

     

     

    3.桑の木が琵琶に選ばれる理由

    桑の木が琵琶に用いられる理由の一つは、その素材の特性にあります。桑の木は強靭で耐久性があり、共鳴する能力にも優れています。また、桑の木は広葉樹でありながらも、木目が細かく緻密な特徴があります。

    反響する音が心地良い

    杢が詰まった桑の木

    筑前琵琶は、腹板(表面)と槽(背面)の2面にパーツが分かれており、それぞれ内部をくり抜いて中に空洞を作ります。細かく緻密な木目の特徴と、硬く共鳴する能力に優れた桑の木を挟み込むことで、琵琶特有の繊細で豊かなビブラートと共鳴豊かな響きを奏でることができるのです。

    しかしながら、加工の難易度が非常に高く、琵琶以外に指物や木魚にも用いられていますが職人の腕の良し悪しによって仕上がりに大きな差が出る、腕に自信のある職人が用いる銘木としても知られています。

    筑前琵琶は中が空洞。薩摩琵琶はひとつでできている

     

    4.琵琶特有の音色

    同じ音色のものは世界に二つとない

    他の弦楽器と異なり、重厚で美しいビブラート音が特徴の琵琶。

    他の多くの楽器は規格等の定めによって大きさが決まっているものが多いため、音が均一化しやすい特性があります。しかし、琵琶は使用する木材の希少性が高いこともあり、決まった歩留まりで使えるか分からないため、木の使用できる面積によって大きさが全て異なります。

    また、筑前琵琶の場合、中をくり抜く深さによって音の趣が異なるため、個体差によって音が微妙に違います。

    よって、音や見た目など、同じ琵琶は世界に二つとないことが琵琶の魅力となっています。

    覆手にも細かな装飾

    様々な銘木が使われる

     

    5.装飾的な美しさ

    桑の木の琵琶は、木目を活かした無地のものが多数ありますが、琵琶の種類によっては、細かな装飾や細工を施した装飾的価値を高めた琵琶も存在します。

    その代表格が、正倉院宝物北倉蔵の楽琵琶『螺鈿紫檀五弦琵琶』(らでんしたんのごげんびわ)です。

     

    『螺鈿紫檀五弦琵琶』

    756年6月21日の献物帳に記録されている琵琶で、唐式五弦琵琶の世界に唯一の遺例で、その希少性と装飾の華麗さから、正倉院を代表する宝物とされています。

    『螺鈿五弦紫檀琵琶』腹板 「出典:増補改訂 正倉院宝物 北倉」

    『螺鈿五弦紫檀琵琶』槽面「出典:増補改訂 正倉院宝物 北倉」

     

    〈装飾〉

    腹板:玳瑁(たいまい)で花心を彩り、周りを螺鈿と玳瑁の二重の花弁で飾っています。

    捍撥:玳瑁を貼り、螺鈿で熱帯樹と五羽の飛鳥、下にラクダに騎乗して琵琶を弾く人物と、岩石、草花を描いています。

    螺鈿には、毛彫りが施されており、この意匠は、ササン朝ペルシャ様式のものとされています。

    響孔:半月を螺鈿の透かし彫りで飾っています。

    撥面の装飾

     

    槽:螺鈿で大宝相花文をいっぱいに描き、中間には二羽の含綬鳥と飛雲を配しています。螺鈿には毛彫があり、宝相花の花心と葉の心には、朱や緑、金泥などの彩を沈めて、玳瑁を被せているのが特徴です。

    槽面

    〈形態〉

    頭部が屈曲せず頸が真っ直ぐ(直頸)に伸び、背面が厚くて細長い特徴を持っています。加えて、弦が五弦ですので、曲頸・四弦の琵琶とは期限が全く異なります。

    このような五弦の直頸琵琶は、インドに生まれ、唐時代(7~8世紀)に完成した後、絶えてしまったため、正倉院のこの一面は、唐時代の五弦琵琶として世界にただ一つの遺例であり、大変貴重な存在と言われています。

     

    〈木材〉

    主に紫檀で作られていますが、部分によっては別種の材が用いられています。

    腹板(表面)の材は、近年の調査の結果、ヤチダモかシオジ、あるいはそれに近い材と考えられています。

    覆手(ふくしゅ:弦どめ)はイチイ、但し新補。

     

    〈寸法〉

    長さ108.1cm、幅30.9cm、胴の厚さ9cm、捍撥の長さ30.9cm 、幅13.3cm

     

    正倉院宝物北倉には、聖武太上天皇と光明皇后ゆかりのご遺愛の品々が納められていることから、正倉院宝物を代表する大変貴重なご遺愛品と考えられます。

     

    〈あとがき〉

    日本の祈りのかたちや美しい風景を伝えるための特別な楽器である琵琶ですが、千数百年の歳月を経てもなお、その形状や響きが変わらずに受け継がれてきた事実に、奇跡を感じます。

    戦禍や大規模な自然災害など、継承が難しい時代もあったのだろうと思いますが、偉大な先人達が後世に遺そうと努力した結晶が、今日の美しい祈りの音色として私たちに届いています。

     

    また、現代の私たちが聴く「ビヨヨヨーン」という独自の音色を、古代の人々も耳にしていたのだろうかと思うと、伝世品の有り難さをしみじみ感じます。まるで伝統的な琵琶の音色が、歴史の一部を私たちに語りかけているようです。

     

    千数百年前から貴重とされていた銘木は、今なお私たちの中で高く評価される貴重な資源として存在しています。これらの銘木が創り出す琵琶の音色は、その歴史的な価値を物語っています。銘木は、これからも人々の愛蔵品として受け継がれていくことでしょう。

    琵琶が奏る音色を通じて、古への敬意と、今に遺してくれた感謝の気持ちが溢れます。そういった背景も踏まえると、その響きには、ますます深い魅力が宿っているように感じます。

     

    ©️2023 Yamato meiboku Lab.

     

    取材にご協力いただいたドリアーノ氏に感謝申し上げます。

     

    ドリアーノ・スリス

    BIWA KAN – 琵琶館
    Tel. 092-761-8570
    〒810-0021 

    福岡市中央区今泉1-18-25
    季離宮(ときりきゅう)2階

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    URL.https://biwakan.com

     

     

    【参考文献】

    『正倉院宝物 増補改訂版 朝日新聞社 1987年』
    『楽琵琶の伝承と音楽性 ー楽の器としての 本多佐保美  學燈社 2002年
    『筑前琵琶物語:初代橘旭翁伝  葦真文社, 1983年
    螺鈿紫檀五絃琵琶 : 正倉院宝物の研究 宮内庁正倉院事務所 監修 ライブアートブックス 2022年