海中に丸太を浸水させて木を乾燥させる方法
株式会社ヤトミ製材は、愛知県弥富市に拠点を置く老舗の製材業者であり、会社の前身である曽祖父の代から数えると現社長で5代目となる約120年続く会社です。独自の優れた製材技術を活かし、誰も実現できなかった高難度な文化財保存事業も請け負い、東日本大震災で被災した『奇跡の一本松』の保存に携わるなど日本の伝統文化保存事業に貢献しています。
誰にも出来ないような高難度で独創性を必要とする、まさに行き場を失ってしまった銘木製材の受け手として、ヤトミ製材は『最後の砦の意識』をもって製材業に取り組んでいます。
愛知県弥富市(株)ヤトミ製材
そして、2019年には水中貯木事業を事業継承して引き継ぎ、始動しました。
水中貯木事業は、受託事業者が減少しており、この事業を継続するためには事業継承が必要でした。幸いにも、ヤトミ製材は事業を受け入れるためのリソースと設備環境を備えており、顧客を引き継ぐ形で事業継承が行われました。これにより、水中貯木事業を受け持つ受託事業者の消失を防ぐことができました。
このような取り組みにより、ヤトミ製材は伝統的な製材業だけでなく、技術継承と文化財保存にも貢献している企業として評価されています。
“木材を水の中で乾燥させる”
一見矛盾した行為に思えます。しかし、そこには約1240年前から受け継がれてきた知恵と先人たちの洞察力によって見出された技術があり、“木を長く安心して使う”ために導き出した答えがありました。
そこで、今回は現代の木材流通に原木の水中乾燥の良さを伝えるヤトミ製材様に、“水中乾燥”の理論と利点について詳しくお伺いしました。
水中土場の様子
コンテンツ
1.水中乾燥とは?
2.水中乾燥の原理
3.水中乾燥の効果
4.水中乾燥の期間(浸水期間)
5.水中乾燥の手順
1.水中乾燥とは?
その名のごとく、水中に原木を浸水させて乾燥させる技法。
「乾燥するのに浸水?」と不思議に思われるかもしれませんが、最も有名な実例として伊勢神宮の御用材であるヒノキは水中乾燥の工程を経て用いられています。
20年に1回の式年遷宮は、持統天皇4年(690年)に第1回が執り行われ、最近では第62回(2013年)を終えているため、1300年以上に及ぶ歴史をともなっていることになります。
※伊勢神宮における水中乾燥の採用時期は明確な資料がありませんが、その歴史は古いことは確かです。
一般的な木材は、比重が1以下(リグナムバイタなど高比重の木材は除く)であり、水に浮くのが通常です。水に浮いたままでは偏った面しか脱水できないため、重しを乗せて完全に浸水させます。
海水に完全に浸水されることにより、丸太の導管細胞全体に海水が入り込み、均一な脱水が可能となります。
また、日光と酸素を完全に遮断することにより、陸上へ引き揚げた際の紫外線の影響を受けにくくし、日焼けや干割れなど木材が抱える影響を少なくできる利点が大きいとされています。
原木は完全浸水させる
※伊勢神宮で用いられる御用材は川に浸水させて用いられるため、海水でなければならないという定義はないようです。
2.水中乾燥の原理
そもそも木が反る理由として、白太と赤身の水分量の違いが影響の一つです。木の新しい細胞は樹皮の外側(白太=しらた)と呼ばれる部分に層を重ねて成長していきます。若い細胞が多い白太は導管が多いため水分量が非常に多く、幹の中心を支える赤身の部分は古い年輪が重なり水分量が少ない状態です。
白太は水分量が多い
木材を製材し、放置しておくと次第に反ったり、ネジレが生じてきます。これは木の水分が蒸発し、木が収縮することで発生する現象です。
※生育時の地盤環境や風雪等の影響が要因の場合もあります。
陸上で乾燥する場合、白太と赤身の水分量が均一に近づくにつれて水分量の多い白太側が反ってきます。
水中乾燥の場合は海水(塩分)による浸透圧によって白太の細胞壁を破壊し、細胞内に海水が満ちることによって細胞内の水分が適度に抜けます。
特に若い細胞が多い白太部分の細胞壁が壊れて水分が抜けやすくなることで、赤身と同程度の水分量に均すことができるのです。
海中にて、水分量が多い白太の水分が程よく抜けて、赤身の部分と水分量が一定に近づくことで、その後陸上に出しても反りやネジレが軽減するといわれています。
3.水中乾燥の効果
干割れ・日焼けの予防、反り・ネジレの低減と、大きく4つの効果が確認できます。
また、乾燥期間を短縮できるなど流通過程において非常に大きな役割も果たしています。
① 干割れ・日焼け
水中に完全に丸太を沈めることで、酸素と日光を限りなく遮断します。遮断することにより、陸上へ引き揚げて製材した後も白太から入る干割れや材の日焼けによる影響の軽減に繋がります。
② 反り・ネジレ
海水による浸透圧によって細胞壁が破壊され細胞内が海水で満ちます。海水が満ちることにより細胞内の水分が抜けます。水分量が多い白太の水が程よく抜けて、赤身との水分量が一定に近づくことで反りや狂いが軽減すると言われています。
元来、木材は干割れ・日焼け、反り・ネジレが予測できず、悩ませられてきた課題でしたが、先人達は約1240年前より大切な場面に用いる木材においては水中乾燥させる術でそういった不可抗力に抗ってきたのです。
③ 乾燥期間を短縮
水中貯木をした場合、すぐに水分が均一に抜けていくため、しない場合と比較して乾燥期間が短くなるので、“水中乾燥”と呼ばれています。海水による浸透圧によって原木内部の水分が抜けるため、正確なリサーチは行なっていませんが恐らく海水であれば貯木期間を短縮できる可能性が高いと考えられています。
④ アクやヤニの発生を軽減
海水により細胞内が海水で満ちることで、特に若い細胞が多い白太の細胞内の水分が適度に抜けることにより、アクやヤニが抜けて木味が良くなります。
※木味が良くなる反面、屋外での使用には弱くなる面もあります
4.水中乾燥の期間(浸水期間)
樹種によって浸水期間に差があり、例えばウォールナットの場合は最低半年以上。ケヤキの場合だと最低でも1年以上など。
同じケヤキでも一本一本違うので、見極める目安としては、白太に水分が入ればおおよそOKと判断しているそう。
また、樹種により水面に浮くはずの木が、一定期間経過すると水を吸い込み沈むこともあるそうです。樺は顕著に沈み、タモやウォールナットも個体差によって沈む場合があるそうで、樹種ごとに浸水期間の判断の目安が付きやすいという特徴もあります。
5.水中乾燥の手順
①安定性、効率を考慮して沈める原木の組み合わせを検討
原木を組み合わせ
②ロープにて固定(海中での移動等による原木の紛失リスクを避ける)
原木を固定
③浮きの役割を果たす吊り木に脱落防止のロープを8の字に通し、その間に浸水させる原木を下ろす
縄の間に原木を下ろす
原木を沈める様子
④浮力が高い原木には重しを乗せ、完全に水中へ沈める
重しを載せて完全に浸水
その後は、基本的に出荷時まで陸上へ引き揚げることはないそうですが、潮風が強烈に吹くので、定期的に異常(原木の脱落や紛失など)がないか確認し、都度手直しを即座に臨機応変に対応して見守っています。
筏師が原木を見守る
〈あとがき〉
古くから続く水中乾燥の技術を現代で受け継ぎ、その技術を発展させる株式会社ヤトミ製材。
木材に携わる皆様の悩みの種である、反りや割れ、日焼けなど、それらの解決策は古くから日本に伝承されてきたものだったのかもしれません。
技術発展による木材の乾燥技術は飛躍的に進歩しておりますが、古来より論理的に解決策として伝承されてきた“水中乾燥”技術には、現代にも通づる極意の全てが詰まっています。
伊勢神宮の御用材がいつ頃から水中乾燥されてきたのか?など。未知の領域が多い水中乾燥技術ですが、その技を継承し、発展させるヤトミ製材様の取り組みをご紹介することで、少しでも皆様のお役に立てれば幸甚です。
取材にご協力いただきました、(株)ヤトミ製材 代表 加藤 様、営業部長 加藤 様、社員の皆様、誠にありがとうございました。
©️2023 Yamato meiboku Lab.
株式会社 ヤトミ製材
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【参考文献】